リレーエッセイ



第5回 「街はセリフで溢れてる」 著者:白石栄里子  2022/11

第4回 「すきこそものの…」 著者:加藤紀子  2022/10

第3回 「言葉は生き物」 著者:梶田明子  2022/09

第2回 「一冊一会」 著者:柳瀬元志  2022/08

第1回 「ダンス、ダンス、ダンス!」 著者:芳賀倫子  2022/07

日本放送作家協会 中部支部会員のエッセイを掲載しています。
次回公開は12月12日頃の予定です。





























第5回
「街はセリフで溢れてる」 著者:白石栄里子  


何か話のタネになるモノは……? と、新聞やニュースのチェックは日課としているが、
面白い話というのは意外と足元にあったりするもので……。

先日、西尾市出身のAさんと話していたら、「今度、高校の同級生に会うんですけどね、彼、ニューヨークでスタンダップコメディアンしてるんですよ」と聞き逃せない話をサラリ。
しかもその方、元は社交ダンスの世界チャンピオンを目指して渡米。
「そしたら、あんまりうまい人ばっかいて、『世界一、無理!』って諦めたんだって」
でも、ん? なんでそこからコメディアン? についても色々ドラマはあるようで、大きな挫折の中、なんとなく通ってみたコメディのクラスで思わぬ能力が引き出されたらしい。
小池リオ(Rio Koike)さん、もう二十年以上、アメリカでステージに立つ愛知県出身のスタンダップコメディアン。不覚にも地元にいながら知らなかった。これを機に応援したい。

人物もそうだが、セリフというのも、思わぬ場所で、唸るようなセリフを聞くことがある。ある日、エレベーターに乗っていると、途中で男子学生二人組が乗ってきた。
その一人(学生A)が、壊れたビニール傘を手に、もう一人(学生B)に話しかける。
学生A「な、いらんビニール傘ってどうやって捨てんの?」
学生B「なもん、コンビニの傘立てに差しときゃいんじゃね?」
学生A「   ①   」

そう、この①の部分でA君は何と言ったか?
普通に流れるなら、
学生A「お前なぁ……」と呆れる風の返しか。
が、このA君、
学生A「ま、もともとそっから持ってきたもんだしな」
うぉ~~~、そう来たか。エレベーターを降りた私は、何より先にメモを取った。
倫理上の問題はさておき、B君の返しだけでもそれなりに捻りがあったが、それを受けてのA君、ウケを狙って言ったわけではない分、おそらく実話である分、余計に「おいおい」なのである。

もう一つ。
名古屋の地下鉄名城線に乗っていた。シートの半分くらいが埋まる混み具合。
途中、伸び放題の髪に無精髭、小鍋や雑多な身の回り品を詰め込んだ大きなビニール袋を手にしたオジサンが、私の隣、正確には一人分スペースを空けての隣に座った。

と、このオジサン、座るやいなや、ずうっと、溜息をついている。しかも、深い深い溜息。
「あ~~~~(俯いて)」「あ~~~~(天を仰ぐように)」
この間、私は、このオジサンに視線は送らないものの、耳はくぎ付け。この方の人生の、この車両中に響き渡る溜息の核となるものに思いを巡らす。
と、この方、突然、大声で話し出した。
「人生なんて、人生なんてもんは……」
おお、人生を語ろうとしている。
「人生なんてもんは、ほんっとに……」
その瞬間、言葉が走行音にかき消される。ウ、ウソでしょ! オジサンは今まさに、“人生なんて、本当に○○だ!” の○○を叫んだはずなのだ。
聞き逃した~、この深い深い溜息を総括するような言葉、○○を。

そして、オジサンは次の駅で降りた。あとを追って聞けば良かった。
「さっき、人生は何だと仰いましたか?!」と。
そこで追いかけられないのが書き手としての未熟さか。
いやいや、それを想像と創造で超えるのがシナリオでは?

街はセリフで溢れてる。









第4回
「すきこそものの…」 著者:加藤紀子  


 …じょうずなれ。今日はその話をしましょう。
好きなことであれば、上達するということですよ。
ではシナリオライターらしく、ここは会話でつないでいきましょう。
人物  松子 38
    竹千代 10 松子の娘
松子「しょうちゃんは選抜メンバーに選ばれたんだってね」
竹千代「すごいよね」
松子N「他人事かーい」
松子「で、あんたは」
竹千代「花の応援団」
松子「あんたはしょうちゃんよりずっと早くダンスを始めた。あんたの母、つまりわたしは伝説のチアのリーダーだった」
竹千代「それが?」
松子N「遺伝子の無駄遣いかーい」
松子「なんでうまくならないのかな」
竹千代「好きじゃないから、ダンス」
母の負け!
 わたしは書くことが好きで、ドラマを作るのが大好きです。
ここで先ほどのフレーズが出てくるわけですよ。
好きこそもののなんちゃらってやつですよ。
わたしの場合は、好きなのに、うまくはならない。それもまた真ですな。
 1999年、わたしはカルチャーセンターで、シナリオの勉強を始めました。大好きな書くことを始めたわけですよ。 先生は作品をほめてくれるし、それなりに賞もいただけるし。なにより教室には同志がいます。 書くと言う自分に向き合う、孤独な作業すらが楽しいわけですよ。
 2022年現在まだ、そこで生徒をやっています。うまくなったら居づらくなる。だから、うまくならない。好きだからこそうまくならない。
松子「かとうさん、それはいいわけですね。○○の横好きですよ」
さもあらん。母、松子に一本!
 わたしはわたしの「好き」を突き詰めていきます。いま、これをお読みになっているあなたへ。あなたはあなたの「好き」を大切にしてくださいね。









第3回
「言葉は生き物」 著者:梶田明子  


ここ半年ほど、慣用句の意味を調べて解説するという仕事に携わっています。
言葉の意味や語源を調べ、例文で使い方を示し、類義語、反対語、英訳などを解説するというものです。
この仕事をはじめてから、意味が変化したり、ときには本来の意味と真逆の意味で使われるようになったり、言葉がまるで生き物のように変化していることを知りました。

たとえば「白羽の矢が立つ」という言葉。
「大勢の中から抜擢される」というラッキーな意味だと思っていました。
「撮影中の事故で負傷した主演女優の代役として、無名の新人に白羽の矢が立てられた」などといいますね。
しかし、辞書を見ると下記のように書いてあります。

(人身御供を求める神が、その望む少女の住家の屋根に人知れず白羽の矢を立てるという俗説から)
1 多くのなかから犠牲者として選び出される。
2 多くのなかから特に指定して選び出される。また、ねらいをつけられる。
出典:精選版日本語大辞典「白羽の矢が立つ」

大勢の中から選び出されることに違いはないのですが、1番目の意味は犠牲者、つまり神様の生贄として選ばれることなのに対し、2番目の意味は「抜擢」で、同じ言葉とは思えないほど意味が違います。
諸説ありますが、神様から選ばれたこと、白羽の矢が縁起物であることなどが相まって、不運な意味から幸運な意味へと捉え方が変化していったと考えられています。

無名の新人が主役に抜擢されたら、それはとてもラッキーなことに違いないでしょう。
見事期待に応えることができたら、大女優への道が開けるかもしれません。
しかし、みんなに敬遠されて、誰も引き受け手がないためにお鉢が回ってきたとしたら、どうでしょうか。
代役をチャンスと考えて結果を出すのか、あるいは貧乏くじを引いたと嘆くのか。
「白羽の矢が立つ」ことがラッキーなのかアンラッキーなのかは、選ばれた人しだいなのかもしれません。

新しい言葉に出会ったり、よく知っている言葉の別の意味を知ったりするのは、楽しいことです。
言葉の意味を調べることは、エッセイやシナリオを書くのにも役立ちます。
ただ、「あ、これは最近調べた言葉だ。意味は……えーっと?」と、なかなか頭に定着しないのが難点です。









第2回
「一冊一会」 著者:柳瀬元志  


7月17日、25回目となる中部テレビ大賞の審査が終わりました。
「若手ディレクターの励みとなるコンクール」を目指し、30歳以下のディレクターが制作した作品のみを審査対象に変更して5回目。
その理念が中部地方のテレビ局に徐々に浸透し、今年も傑作・快作の応募を多数いただきました。
最近ネットに押され気味と言われるテレビですが、”若手のやる気とパワーはすごい!まだまだ未来は明るい”と感じ入った次第です。

さて審査から10日ほどした先月末、中日新聞朝刊に「走る本屋さんの挑戦」と題した社説が掲載されました。
「走る本屋さん」とは、静岡県の高木久直さんが6年前から始めた書籍の移動販売のこと。
本屋のない地域へ自ら軽ワゴンのハンドルを握り、本を届けています。
この活動のことは、よく覚えています。
2年前の中部テレビ大賞で、その高木さんを追ったドキュメンタリーが優秀賞を受賞したからです。

そしてこの記事を読んで、ふと思いました。
「そういえば、最近本屋に行ってないな」。

私が本屋に行く目的は、仕事に関する資料を探すことが8割ですが、残りの2割に秘かな楽しみがあります。
それは、本来の目的とは全く関係のない一冊と出会うこと。
何気なく手にした一冊で自分の知らない世界が突然開け、未知の沼にどっぷりはまってしまう。
そんな偶然がたまらなくスリリングで、ちょっとした期待を胸に、いつも本屋に足を運んでいます。
しかし近年町の本屋は、コロナ禍による営業時間の短縮だけでなく、あるデータによると、この20年で店舗数が半減してしまったそうです。
かつては駅前や商店街に必ずあった本屋も、今ではシャッターを降ろしたままの姿が目につきます。
店舗数が半減したということは、立ち寄った本屋で自分に影響や刺激を与えてくれる本と出合うチャンスも、半分に減ってしまったということです。

今の時代は、場所を取る本をわざわざ買わなくても、スマホにデータをダウンロードして気軽に読むことができます。
けれども本屋で出会う本たちの、その個性的なデザインの表紙、買う気にさせる文言の帯、紙の持つ独特の匂い…。
そして何よりも、ページをめくるときのワクワクした気持ち。
書棚に並ぶ本は、新たな世界への扉を開けてくれます。

偶然手にした一冊の本。
そこには、予期せぬ出会いがあります。
そんな出会いに期待して、今日はいつもより少し早く仕事を終わらて、
「よし、本屋に行こう」そう決めました。









第1回
「ダンス、ダンス、ダンス!」 著者:芳賀倫子  


 社交ダンスにすっかりハマリ、私の70代は大変ハッピーなものとなった。学生時代にダンスパーテイに動員され、適当に踊っていた頃から正式に習いたいとずっと思ってきた。しかし、子育てに追われ、仕事に追われ、バタバタと生きているうちに70代になってしまった。ここで立上がらなければ一生できないと思い、72歳でレッスンを始めた。最初はゆっくりやっていたが、この2、3年はメダルテストを受けるようになり、急にスイッチが入った。3級、2級、1級、ブロンズ級、シルバー級、ゴールド級と順調に進み、少し、ダンスらしくなってきたところである。毎日、楽しくて仕方がない。

 ダンスの良さはいろいろあるが、まず、足腰がしっかりすることと、姿勢が良くなることである。高齢になるとどうしても背中が丸くなってくるのだが、年とともに姿勢が良いと言われるようになった。これは30歳イケメン先生が「骨格を変えることは出来ないけれど、姿勢は変えることが出来る」と言われたことを信じて実践してきたお蔭である。そして……。

 自分がダンス効果を日々実感しているものだから、74歳の従姉妹に話をしたら「私もやりたい」と言うことになった。さらに、この話を86歳の姉に話したら、「私だってやりたい」と。さらにさらに、76歳の義妹が「私も」と言い出し、毎週一度は四婆が勢揃いすることになったのである(私は他に二日レッスンをしている)。四婆見参の日はどんな絵になっているだろう。「おばあさんが一人済んだと思ったら、またお婆さん!」で、先生の心境や如何に。しかし、86歳の姉は、「毎日、ウキウキして楽しい!一生、続けるわ」と意気軒昂である。

 私もこの老婆展開は読めなかったが、高齢時代、これもありかと思う今日この頃である。